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Google先生にインド人認定された件

Googleで「身につまされる」の意味を調べたら、こんな結果に‥


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グジャラート語!?

グジャラート語はインド西部のグジャラート州公用語で、インド連邦レベルでも憲法の第8付則に定められた22の指定言語のひとつである。

現場からは以上です。

2060年とある企業の人事

金融大手のAHGは25日、傘下のAHG銀行頭取に国際部門を担う森野黄熊(ぷう)専務執行役員(58)が昇格する人事を発表した。AHG社長には同行の草野頼音(らいおん)頭取(62)が就き、新設する最高経営責任者(CEO)も務めてグループ全体を率いる。AHGの宮崎今鹿(なうしか)社長(63)は同社と同行の会長を兼務する。いずれも来年4月1日付。

 草野頼音頭取から新頭取就任を言い渡されたのは、発表のわずか4時間前。本人も思わず「食われるのかと思った」と絶句したサプライズ人事で、入行年次が上の副頭取・専務88匹を飛び越し、預金量約20万円のメガバンクのトップに立つ。「責任の重さに身の引き締まる思い。体は引き締まってないが」。記者会見冒頭、失笑が広がった。

 

 通算11年の米国勤務を含め、銀行員としてのキャリアの大半を蜂蜜畑で歩んだ。企画や法人営業を長く務めるのが通例の銀行トップとしては異例の経歴だ。蜜蜂の少子高齢化や大量失踪で国内の成長が頭打ちになる中で、米国の新政権で財務長官に就任予定のグリズリー氏と面識を持つなど、豊富な海外経験と蜂蜜市場に精通している強みを買われての抜てき。「国際業務を拡大させるだけでなく、国内業務にどれだけ熊的視点を入れて、プラスアルファを出していけるかが重要だ。動物と人間が競い合い、種族に関わらず一緒にやっていく環境を夢見ている」と、視線を世界にすえる。

 自らの性格を、「おおらかだがやる気にムラがある」と自己分析する。趣味は散歩と昼寝。居酒屋に同僚や部下を連れ出し、好きなことを言い合うのが大好きという熊派に似合わぬ人間臭い一面も持ち合わせる。異色の銀行トップが、内弁慶だった邦銀の殻を打ち破れるか。

 

AHG:アニマルホールディングス

 

2050年とある会社での日常

読み間違い

上司「これ、隣の部署の一ノ瀬君に届けてくれる?」

新人「はい!承知しました!」

新人(あ、この人の名前、兄貴と一緒だ)

隣の部署にて

新人「お仕事中、失礼します。一ノ瀬輝星(だいや)さんでしょうか?××課の○○より書類をお持ちしました。」

一ノ瀬輝星「あ、そこ置いといて」

近くにいた先輩が慌てた様子で引き止めて、

先輩「ばか!だいや先輩じゃなく、べが先輩だよ!気をつけろよ!べが先輩優しいからスルーしてくれるけど、気にしてんだから」

 新人「し、失礼しました!」

 

同性同名

電話口「もみじさんお願いします」

新人「はい、ただ今お繋ぎいたします。少々お待ち下さい。山村さん!内線二番にお電話です」

もみじ「はーい!お電話変わりました、‥え?、あ、失礼しました。ただ今担当の者と変わりますので‥」

しばらくして

もみじ「ちょっと、新人くん!紅葉(めいぷる)宛の電話だったよ!もう今月だけで3回目だよ!ちゃんと確認してって言ってるでしょ!!」

新人「し、失礼しました!」

休憩中

新人「誰も山村めいぷるいると思わねーわ」

  

お客様の名前確認

新人「恐れ入りますが、お名前の読み方を確認させて頂きたいのてすが、夢に姫と書いて‥ゆめ‥ひめ‥様でしょうか?」

電話口「いえ、夢がぷで、姫がりんで、ぷりんです!」

新人「え?し、失礼しました!再度確認させて頂きます。ぷりん様ですね、大変失礼いたしました!」

通話終了後

「ふー‥。何が夢がぷで姫がりんだよ、そんな読みねーわ」

 

議事録作成

上司「新人くん、ちょっと来てくれる?」

新人「はい!」

上司「昨日作ってもらった議事録なんだけど、羽藤課長の名前間違ってたよ。希星(きてぃ)じゃなく、姫星(きてぃ)だからね。」

新人「し、失礼しました!」

上司「以後、気をつけて。あの課長、怒ると恐いから。他にもいくつか修正したから、それ反映させたらもう一度見せて。そしたら翔馬(ぺがさす)部長に確認してもらおう」

新人「はい、承知しました。」

上司「よろしく。そういや昔、社長の名前間違えて、白熊にしてた奴がいて、相当絞られてたなぁ(笑) あ、午後一で黄熊(ぷう)社長の講話だから、遅れないようにな。」

新人「はい!」

新人「‥この会社やめようかな。」 

(参考資料:2016年年間 キラキラネームランキング

以下のエントリーから着想を得ました。

そして20代、まだまだ若いので入社した会社でもキラキラネームが話題のきっかけになるかもしれません。でも、30代・40代とどんどん歳をかさねていくと、どうでしょう。


読めない名前は苦労するので子供にキラキラネームをつけたくない - めがね主婦の日常

 

おしまい。

子を信じるということ

このエントリー読んで、こんな形でいじめが解決することもあるんだなぁ、と素朴に感じた。
一方で、いじめの解決につながった、いじめっ子の親が発したこの言葉に、もやもやした。
「うちの娘はいじめなんてしません!私は娘の言葉を信じます!」
この盲目さが、結果的にいじめをやめさせた訳だけど、そもそも、いじめっ子が生まれた一因にもなったのではないか、と。

確かに、親が子を信じることは、大事なことだし、その子の自己肯定感を育む土壌でもある。
でも、それは、その子の良いとこも悪いとこもひっくるめて分かっていて、その上で、その子の味方であり続けるという意味の、信じることなんじゃないかなと思う。
また、それは、決して清濁併せ呑むのではなく、その子が悪いことをしたかどうかを見極めた上で、悪いことは悪い、そうでなければ信じ抜くという、その子を肯定することなんだと思う。

それに対して、盲目的に「娘の言葉を信じます!」と言い切るのは、「娘が悪いことをするはずがない」という単なる親の期待を押し付けているだけであって、当の本人からしたら「やっぱり、わかってない」 感を募らせるだけなのではないか、と。
そして、その子が、親の期待に応えるだけの能力があればあるほど、歪んだ形で自己肯定感が欠如してしまい、潜在的にいじめっ子になりやすいのではないかと邪推した。

 

今回の場合は、いじめっ子とはいえ心の優しい子だったから、親の期待にプレッシャーを感じたことで、いじめをやめることにつながり、めでたしめでたしだった。
でも、これが心の優しさを忘れてしまった子だったら、どうなったのだろう。

二人の子を育てる親として、自戒の念も込めて、書き残してみた。

おしまい。

昔を大事にしろ教徒があとを絶たない理由

他人の便利にNO!と言いたがる人を読んで、ふと思いついたことを備忘録的に書いてみた。

 

いわゆる昔を大事にしろ教徒があとを絶たないは、「私たちの代で辞めたらなんか損じゃん!」という足の引っ張り合いが確かに要因ではあるけれど、本当にそれだけなのかなと疑問が湧いてきてしまった。他に要因はないのかなと、思ったわけです。

 

例えば、新入生の度胸試しの件でいえば、悪しき慣習を変えないことって、「今までと変えるの面倒くさいよね、それに自分たちもやってたし」ぐらいの感覚もあるのではないかと。

また、抱っこ紐の件や液体ミルクの件でいえば、足の引っ張り合いというより、むしろ本気で昔の方が良いって信じている、まさに「教徒」も結構いるんじゃないかと。

 

そこでふと思ったのが、昔を大事に教徒が生まれてくる背景には、もっと根本的な理由があるんじゃないかと。誰しも教徒になり得るような根本的な理由があるんじゃないかと。

また、その理由は、私が子どもの頃にはこんな便利なものはなかった論者にも当てはまるのではないかと考えたわけです。

 

その根本的な理由というのが、認知バイアスと論理的誤謬の合わせ技。もっというと、前者は現状維持バイアスと確証バイアスが、後者は前件否定の誤謬とすべり坂論法が関係するのかなと考えついた。

 

以下、思いのほか長くなったので、1.認知バイアスの話、2.論理的誤謬の話、3.まとめの項立てで。

 

1.認知バイアスの話

誰しも少なからず物事を見るときは色眼鏡を通してしか見られないわけで、その色眼鏡のうち、代表的なものには名前がついていて、これを認知バイアスという。その1つとして現状維持バイアスや確証バイアスがある。

 

現状維持バイアス

現状維持バイアスは、その名の通り、現状を維持できる、なるべく変化が少なそうな選択をしがちというもの。 これは、根本的に人間が変化を嫌う傾向にあるためで、日常のふとした場面でも当てはまる。例えば、いつものコンビニでいつも同じものを買ったり、行きつけのお店で迷ったあげく結局いつもと同じものを注文するのも、現状維持バイアス

現状維持バイアスの問題点は、別の選択肢が劣っており、状況を悪くすると思い込ませることがあるということ。「壊れてないものを直すな」という諺がそれを物語っている。

この現状維持バイアスを私が子供の頃は論者や、昔を大事に教徒にあてはめてみると、自分たちの時代にはなかった新しいものが出てきたときに、現状維持バイアスにより、ほぼ反射的に「壊れていないものを直すな」と反発が生まれがちということにならないだろうか。

 

ただ、これだけ聞くと、新しいものでも便利ならそんなこと思わないわと、自分だけは違うと思うかもしれない。実際自分もそう思う。

そこで出てくるのが、確証バイアス。

 

確証バイアス

確証バイアスは、仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のこと。

同じ価値観や趣味の持ち主とばかり付き合うのも、自分に同意する人物に同意したがるのも、このため。一方で、自分の価値観を揺るがすような人や集団、あるいは情報源からは遠ざかる。

つまり、確証バイアスの問題点は、自分の意見を増強する情報のみを参考にし、そうでないものはいかに正当なものであろうとも無視してしまう。本人が意識していなくても!

 これは、新しいものに対する現状維持バイアスを、やはり正しかったのだと増強してしまうものではないだろうか。

 

 認知バイアスの影響まとめ

ここまで、認知バイアスの影響をまとめると、以下の通り。

新しいものが出てくる

↓(現状維持バイアスに基づく直感)

良いものであるはすがないという決めつけ

↓(確証バイアスに基づく検証)

やっぱり思った通りデメリットばかりだという決めつけ

 ↓

私の子供の頃はそんなものなかった論者がほぼ完成

 

2.論理的誤謬の話

ここまで、現状維持バイアスと確証バイアスにより、私の子供の頃は論者までこれたので、あと一歩。そこから先、昔を大事に教徒に進化するために必要となるのが論理的誤謬。

論理的誤謬とは、論証の過程の誤りであって、これやると「君、ロジカルじゃないね」と小バカにされるやつです。

 

前件否定の誤謬

前件否定の誤謬とは、「もし○○ならば××である」が正しいときに、○○でないという情報をもとに「××ではない」と言ってしまうこと。例えば、冬は雪が降ると○○線は遅れるよねというのが正しいとしたとき、今日は雪が降ってないという情報から、電車は遅れないと言っちゃう感じ。あまり良い例ではないけど。この場合、電車が遅れる要因は雪だけじゃなく、人身事故やら何やら他にもあって、電車が遅れないとは言えないよねということ。

これを私の子供の頃は論者にあてはめると、私が子供の頃は不便な中でも工夫して乗り越えたもんだ。だから、何事にも諦めないで乗り越える力がついたってことを正しいとする。これ、ツッコミ所はあるけど、まぁ一応正しいとします。

そこからが問題。今は何でも便利なものがあって、工夫ってもんを知らない。だから、何事にもすぐ諦めてしまうんだよ!

これで、昔を大事に教徒ができあがり。

でも、これだけでは終わらない。だめ押しのすべり坂論法。

 

すべり坂論法

すべり坂論法は、ある行為が法的または道徳的に許されないことを示す際に用いられがち。「一旦、○○を認めてしまえば、たちまち××になってしまうだろう」の形で使われる。

例えば、マイケル・ムーア監督の「SiCKO」という映画の台詞で「もしも、いったん国民皆保険を認めてしまえば、気がついたときには社会主義国家になっているだろう」というのが、まさにこれ。国民皆保険制度があっても社会主義国家ではない日本に住んでれば「はぁ?」てなるけど、国が変われば本気で信じる人もいるわけで。。

なお、上の台詞は、かなりの論理飛躍があるけど、仮にその間にそれらしい推論があっても、いわゆる「風か吹けば桶屋が儲かる」と同じで、個々の前提が1つでも崩れれば破綻。砂上の楼閣みたいなもん。

で、昔を大事に教徒の話に戻すと、すべり坂論法を使えば、「新しいものを一旦認めてしまえば、たちまちそれがもたらすデメリットばかりになるだろう」と布教することになるということです。

 

論理的誤謬の影響まとめ

以上、論理的誤謬の影響をまとめると、以下の通り。

 

昔は不便だったからこその幸せがあった

↓(前件否定の誤謬)

今は便利だからその幸せはない。不幸だ。

↓(すべり坂論法による布教)

一度新しいものを認めて便利になってしまえば、たちまち不幸ばかりになるだろう

昔を大事に教徒のできあがり

 

3.まとめ

~昔を大事に教徒にならないために~

最後に、昔を大事に教徒にならないためのチェックポイントをまとめておしまい。

 

 

→新しいものを批判してたら、その理由を考えてみる

  • 確証バイアスはないか?

→新しいものを肯定する意見を意識的に集める

  • 前件否定の誤謬はないか?

→古いもので得られたメリットは、本当にそれ以外の手段では得られないものなのか考えてみる

  • すべり坂論法ではないか?

→論理の飛躍はないか、極端な前提をおいてないか、多段階の推論すべて成立するのか検証してみる

 

おしまい。