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昔を大事にしろ教徒があとを絶たない理由

他人の便利にNO!と言いたがる人を読んで、ふと思いついたことを備忘録的に書いてみた。

 

いわゆる昔を大事にしろ教徒があとを絶たないは、「私たちの代で辞めたらなんか損じゃん!」という足の引っ張り合いが確かに要因ではあるけれど、本当にそれだけなのかなと疑問が湧いてきてしまった。他に要因はないのかなと、思ったわけです。

 

例えば、新入生の度胸試しの件でいえば、悪しき慣習を変えないことって、「今までと変えるの面倒くさいよね、それに自分たちもやってたし」ぐらいの感覚もあるのではないかと。

また、抱っこ紐の件や液体ミルクの件でいえば、足の引っ張り合いというより、むしろ本気で昔の方が良いって信じている、まさに「教徒」も結構いるんじゃないかと。

 

そこでふと思ったのが、昔を大事に教徒が生まれてくる背景には、もっと根本的な理由があるんじゃないかと。誰しも教徒になり得るような根本的な理由があるんじゃないかと。

また、その理由は、私が子どもの頃にはこんな便利なものはなかった論者にも当てはまるのではないかと考えたわけです。

 

その根本的な理由というのが、認知バイアスと論理的誤謬の合わせ技。もっというと、前者は現状維持バイアスと確証バイアスが、後者は前件否定の誤謬とすべり坂論法が関係するのかなと考えついた。

 

以下、思いのほか長くなったので、1.認知バイアスの話、2.論理的誤謬の話、3.まとめの項立てで。

 

1.認知バイアスの話

誰しも少なからず物事を見るときは色眼鏡を通してしか見られないわけで、その色眼鏡のうち、代表的なものには名前がついていて、これを認知バイアスという。その1つとして現状維持バイアスや確証バイアスがある。

 

現状維持バイアス

現状維持バイアスは、その名の通り、現状を維持できる、なるべく変化が少なそうな選択をしがちというもの。 これは、根本的に人間が変化を嫌う傾向にあるためで、日常のふとした場面でも当てはまる。例えば、いつものコンビニでいつも同じものを買ったり、行きつけのお店で迷ったあげく結局いつもと同じものを注文するのも、現状維持バイアス

現状維持バイアスの問題点は、別の選択肢が劣っており、状況を悪くすると思い込ませることがあるということ。「壊れてないものを直すな」という諺がそれを物語っている。

この現状維持バイアスを私が子供の頃は論者や、昔を大事に教徒にあてはめてみると、自分たちの時代にはなかった新しいものが出てきたときに、現状維持バイアスにより、ほぼ反射的に「壊れていないものを直すな」と反発が生まれがちということにならないだろうか。

 

ただ、これだけ聞くと、新しいものでも便利ならそんなこと思わないわと、自分だけは違うと思うかもしれない。実際自分もそう思う。

そこで出てくるのが、確証バイアス。

 

確証バイアス

確証バイアスは、仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のこと。

同じ価値観や趣味の持ち主とばかり付き合うのも、自分に同意する人物に同意したがるのも、このため。一方で、自分の価値観を揺るがすような人や集団、あるいは情報源からは遠ざかる。

つまり、確証バイアスの問題点は、自分の意見を増強する情報のみを参考にし、そうでないものはいかに正当なものであろうとも無視してしまう。本人が意識していなくても!

 これは、新しいものに対する現状維持バイアスを、やはり正しかったのだと増強してしまうものではないだろうか。

 

 認知バイアスの影響まとめ

ここまで、認知バイアスの影響をまとめると、以下の通り。

新しいものが出てくる

↓(現状維持バイアスに基づく直感)

良いものであるはすがないという決めつけ

↓(確証バイアスに基づく検証)

やっぱり思った通りデメリットばかりだという決めつけ

 ↓

私の子供の頃はそんなものなかった論者がほぼ完成

 

2.論理的誤謬の話

ここまで、現状維持バイアスと確証バイアスにより、私の子供の頃は論者までこれたので、あと一歩。そこから先、昔を大事に教徒に進化するために必要となるのが論理的誤謬。

論理的誤謬とは、論証の過程の誤りであって、これやると「君、ロジカルじゃないね」と小バカにされるやつです。

 

前件否定の誤謬

前件否定の誤謬とは、「もし○○ならば××である」が正しいときに、○○でないという情報をもとに「××ではない」と言ってしまうこと。例えば、冬は雪が降ると○○線は遅れるよねというのが正しいとしたとき、今日は雪が降ってないという情報から、電車は遅れないと言っちゃう感じ。あまり良い例ではないけど。この場合、電車が遅れる要因は雪だけじゃなく、人身事故やら何やら他にもあって、電車が遅れないとは言えないよねということ。

これを私の子供の頃は論者にあてはめると、私が子供の頃は不便な中でも工夫して乗り越えたもんだ。だから、何事にも諦めないで乗り越える力がついたってことを正しいとする。これ、ツッコミ所はあるけど、まぁ一応正しいとします。

そこからが問題。今は何でも便利なものがあって、工夫ってもんを知らない。だから、何事にもすぐ諦めてしまうんだよ!

これで、昔を大事に教徒ができあがり。

でも、これだけでは終わらない。だめ押しのすべり坂論法。

 

すべり坂論法

すべり坂論法は、ある行為が法的または道徳的に許されないことを示す際に用いられがち。「一旦、○○を認めてしまえば、たちまち××になってしまうだろう」の形で使われる。

例えば、マイケル・ムーア監督の「SiCKO」という映画の台詞で「もしも、いったん国民皆保険を認めてしまえば、気がついたときには社会主義国家になっているだろう」というのが、まさにこれ。国民皆保険制度があっても社会主義国家ではない日本に住んでれば「はぁ?」てなるけど、国が変われば本気で信じる人もいるわけで。。

なお、上の台詞は、かなりの論理飛躍があるけど、仮にその間にそれらしい推論があっても、いわゆる「風か吹けば桶屋が儲かる」と同じで、個々の前提が1つでも崩れれば破綻。砂上の楼閣みたいなもん。

で、昔を大事に教徒の話に戻すと、すべり坂論法を使えば、「新しいものを一旦認めてしまえば、たちまちそれがもたらすデメリットばかりになるだろう」と布教することになるということです。

 

論理的誤謬の影響まとめ

以上、論理的誤謬の影響をまとめると、以下の通り。

 

昔は不便だったからこその幸せがあった

↓(前件否定の誤謬)

今は便利だからその幸せはない。不幸だ。

↓(すべり坂論法による布教)

一度新しいものを認めて便利になってしまえば、たちまち不幸ばかりになるだろう

昔を大事に教徒のできあがり

 

3.まとめ

~昔を大事に教徒にならないために~

最後に、昔を大事に教徒にならないためのチェックポイントをまとめておしまい。

 

 

→新しいものを批判してたら、その理由を考えてみる

  • 確証バイアスはないか?

→新しいものを肯定する意見を意識的に集める

  • 前件否定の誤謬はないか?

→古いもので得られたメリットは、本当にそれ以外の手段では得られないものなのか考えてみる

  • すべり坂論法ではないか?

→論理の飛躍はないか、極端な前提をおいてないか、多段階の推論すべて成立するのか検証してみる

 

おしまい。