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ダイバーシティとLGBTと色の話

ダイバーシティLGBT

どっちも日経新聞が大好きなワードなのに、前者はおじさんがどや顔で使って、後者はあまりそうでないという自分観測に基づき、こんなやりとりを思いついた。

 

おじさん「これからはダイバーシティが大事だよな(どや顔)」

若い人「そうですね(また、言ってる‥)」

おじさん「だよな!(どやどや)」

若い人「では、わが社も、LGBTへの福利厚生を考えていかないとですね!?」

おじさん「えっ!?」

若い人「えっ?!」

みたいな。

 

このすれ違いは、単におじさんがダイバーシティを理解してないって話なんだけど、なんでそんなことになるかをちょっと掘り下げてみた。なんて暇人。

 

まず、ダイバーシティおじさんの頭の中を覗いてみたら、女性の管理職を増やすこととか、中途採用を増やすこととか、実は、経営層に若い(自分世代の)人を増やすことしかないとする。
これらは、(生物学的)性別の多様性、雇用形態の多様性、経営層年齢の多様性という意味で、ダイバーシティといえなくはない。

 

一方で、若い人は、LBGTも生きやすい社会とか、子育てと仕事を両立できるような働き方という観点で、ダイバーシティが大事と言ってるとする。
これは、(広義の)性の多様性、働き方の多様性という意味でのダイバーシティにあたる。

 

そうすると、二人の間で同じ言葉を使い、それ大事!となったはずなのに、おじさんは「えっ!?LGBTの話なんてしてない」となるし、若い人は「えっ?!LGBTの話は別なの?」となるのかなと。

 

もっとも、おじさんの「えっ!?」には、LGBTの福利厚生は別問題でしょ!という意識もあるかもだけど、それはそれで、本音ではダイバーシティが大事でないのが露見してしまうという別問題が生じてるわけで、そこはおいといて。。

 

で、なんでこんなことになるのかと考えてたら、どや顔おじさんが使う日経ワードはどれも抽象度高くないか?ということに気がついた(日経新聞が大好きなワード、長いので、日経ワード)

さらに、そこから、実は「抽象度が高い」日経ワードだと、どや顔おじさんが使いたがるんじゃないか!という誰も得しない仮説をたててみた。

 

抽象度っていうのも抽象的だなーとかぬかす、したり顔おじさんは大嫌いなので、個人的なイメージで、抽象度が高いと「具体的な色がついてない」って感じ、逆に、抽象度が低いと「具体的な色がついている」という感じに言い換えてみる。

 

すると、ダイバーシティには色がついてなくて、LGBTには色がついているとなる。

色がついてないダイバーシティには、いろんな多様性(色)が考えられるから、使う側で色を決める余地がある。

つまり、「何の」多様性であるかという部分は、おじさんが勝手に決めてしまえる。たとえそれが、当初の定義に対して正しくなくても!(重要)
そして、もしそこでツッコミ受けても「いやいや、私はこの色の意味で使ったまでです」と言われて「うーん、間違いとまでは言えないけど‥」みたいになってうやむやになりがち。

 

これを別の言い方にすると、色がついていない日経ワードは、おじさん色に染めることができるってこと。ああ、気色悪い。

 

ここでふと、じゃあ何で、色がついてない日経ワードばかり、どや顔おじさんが使いたがるのか?それがわからない。わかりたくもない。

 

そこで、おじさんか日経ワードを使い始めるまでの過程に注目してみた。その過程を分解したら、

  1. 聞いたことない状態(聞いたことないおじさん)
  2. 聞いたことあるけど、使えない状態(聞きかじりおじさん)
  3. 聞いたことあるし、使いこなせる状態(どや顔おじさん)

という進化の過程が考えられる。

 

で、この過程で重要なのは、聞きかじりおじさんが、どや顔おじさんに進化するには、日経ワードを使いこなせるような、新たなインプットをしなくてはならないってこと。
なぜなら、日経ワードが、新しい概念に"カッコいい"名前をつけたものであり、おじさんには未知のものだから。

 

でも、おじさんの基本性能として、野球とゴルフ以外のことをインプットすることは想定されていない。

 

すると、おじさんはどうするか。

 

そう、諦める。
※そんな言葉で騙されるか!日本語で話せ!と怒る場合もある

 

そうなると、基本的に、聞きかじりおじさんは増えても、どや顔おじさんは増えない。

例えば、色のついているLGBTでみてみると、聞きかじりおじさんは、「ああ、あれだな、レズとかホモとか言って差別はいけないってことだな」と小学生の時に得た知識に関連づけて、進化せずにおしまい。
なぜなら、野球でもゴルフでもない、ましてや自分の身近な話題とは思ってもいないおじさんが、新たなインプットをするはずがないから。

 

一方、色がついていない日経ワードの場合は違う。

色がついていないダイバーシティの場合、それ自体は「何の」多様性であってもあてはまりうるわけ。

そうすると、聞きかじりおじさんはどうなるかというと「もしかしてあれのことか!?」となる。「あれ」に入るのは、上でみたような、(生物学的)性別の多様性とか、雇用形態の多様性とか、経営層年齢の多様性とか。
これは、おじさんの手の届く範囲で、身近な話題ばかり。そのため、新たなインプットがいらない。しかも、その結論も受け入れやすい。

 

これで、めでたく、どや顔おじさんに進化できました、おしまい。ではなくて。

 

これって、つまり、色がついていないことで、聞きかじりおじさんは、新たなインプットがいらなくなり、どや顔おじさんに進化する確率が格段に高いんじゃないかと。
ただし、それが当初の定義に対して正しくない場合もある(再掲)

 

まとめ

  • どや顔おじさんが使いたがる日経ワードは色がついていない
  • 色がついていると、聞きかじりおじさんは、諦めるか怒りだす
  • 色がついていないと、聞きかじりおじさん→どや顔おじさんへの進化確率が上昇
  • こんなに長く書くつもりなかった
  • LGBTの「色」は虹色

 

最後に

文中で何回「おじさん」がでてきた?