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動物の死に様を見世物にすること

http://anond.hatelabo.jp/20161129232307
↑いちいち誇張しすぎの増田の超理論なんで、個別にツッコミ入れるのは野暮だし、動物愛護やらカニバリズムやらは単に論争呼びそうなワード使ってる感じなんでスルーの方向で。

 

ただ、確かに「感謝して食べるからいいんだという理屈」で、マグロの解体ショーが○、スペースワールドの件が×としちゃいかんなというのはその通りだなと思った。もちろん、カニバリズムとか関係なく。
感謝して食べるからいいんだ理論だと、今回の件も、徹底した衛生管理のもと氷漬けの魚は後程スタッフが美味しく頂きましただったらいいのかって、それは違うなと思いまして。
あと、残虐性という基準を持ち出すと、今度は、マグロがイルカに入れ替わると残虐だよね!認めないと太平洋上で追いかけ廻すぞ!!って、シーシェパードされそうなので、これまた違うなと。

 

で、結論からいうと、動物の死に様を見世物にしてもよいかは、

  1. 動物に死をもたらす又はその死を利用する行為そのものが受け入れられているか
  2. その行為を見世物にすることが受け入れられ、かつ、需要があるかどうか

の2つのハードルを越えられるかにかかっているんじゃないかと。

 

1. 動物に死をもたらす又はその死を利用する行為の許容性

そもそも動物を食べる・革にするというのは、広く受け入れられていて、そのために必要な行為として、マグロの解体、革を剥ぐこと自体は○。
一方、件のアイスリンクに死んだ魚を埋めるのは、そもそも何で本物なの?ジンベイザメみたいに写真じゃだめなの?って、受け入れ難いから×なのかなと。

なお、イルカとクジラの解体は、文化的な背景から許容性に違いがあって、強硬に×の人がいて意見の対立があるってことで。

 

2. 見世物にすることの許容性と需要の有無

その上で、マグロの解体ショーが○で、屠殺動画が×ってなる分かれ目がここ。
例えば、家で飼ってる鶏をしめて食べてるのなら、その行為を見せられても許容はできるだろうけど、そんなの見たことない都会っ子には受け入れ難いだろう。これ、皮を剥ぐのも、同じかそれ以上に見たこと少ないだろうと思う(許容性の問題)。
さらに、許容はできても、その行為を見たいかと言えば、よほど効率的なしめかたを欲してるとかでなければ、ないんじゃないかと。ましてや、皮を剥ぐのをみたい需要は一般には皆無だろうと。むしろ、その需要は専門技術としてであって、決して見世物ではない。だから、屠殺や皮を剥ぐ動画は×となる(需要の問題)。

ちなみに、そういう残虐性を欲する性分の人を否定も肯定もしないけど、今回は皆さんお越し下さいの万人向けな見世物という前提なんでお呼びでないということで。

 

ここで、いやいやこれは芸術なんだと主張してたらどうなったんだろうか。
つまり、特別に透明度の高い氷を使い、花も散りばめて、これは芸術作品なんだと。
でも、やっぱりアウトだったのかなと思う。そこにはその氷の上を滑る=足で踏みつけるというとこも一因かなと。
そうすると、

    3.見せ方の態様が受け入れられるか

というのも追加した方がよいかもしれない。

 

雑感

  • 増田の超理論は一見小難しいこと言ってる風だから、深いわぁとかなる人もいるかも
  • イルカとクジラの話題に触れるの正直恐い
  • スペースワールドの今年のコンセプトが「今年から、アホはじめます」だから、正解っちゃ正解

 

おしまい。