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「ワンオペ育児」と名付ける必要性

正直なこと言うと、「私のことだ」ていう別の話題を彷彿とさせる表現と媒体名見て、「うげっ!」て胃もたれしたけど、この名付けとその意義には、全力で同意せざるを得ない。

 

はっきり言って、共働きでワンオペとか、無理ゲーにもほどがある。自分なんかは、共働きといえども恵まれてる方で、妻が仕事遅いときに保育園お迎えから寝かしつけまでワンオペする程度。しかも単なるご飯温め係で、それでも寝落ち必至、かつ、翌朝妻から家の荒れ果て様に苦言呈されてて、これ毎日毎日、日中もやってる専業主婦と、日中仕事してからやってるワーママとか、どんな強者だよと畏怖の念しか湧かないわけで。

 

本当にワンオペ子育てとか無理ゲー。大切なので二回言いました。

いや、そもそも生物進化の過程で、人類はワンオペ子育てするという選択は棄て、共同体で子育てするという選択をしてきたはず。

もしワンオペ子育てを前提としてたら、あんなに未熟な状態で産まれてこないって!身動きできず視力もほとんどなく、昼夜問わず三時間おきに授乳が必要。野生の中でこの状態の子をワンオペ子育てしてたら、あっという間に天敵に喰われちゃいますって。進撃の巨人なんかいなくたって。

 

それが、たかたがここ数十年、日本という島国で専業主婦という子育てスタイルが市民権を得て、次第にマジョリティになり、自分自身もまさに専業主婦家庭で、それを疑わずに生きてきた。

一方で、専業主婦マジョリティ化を後押しした企業戦士なるレガシーは「母親一人でもうちの子は立派に育った」と勘違いして、3才児神話を都合よく信奉して、未だに世間の雰囲気の一翼を担ってるわけで。

でもそんなんだから、熟年離婚なる言葉が憚らずに語られるほど歪みきった社会なわけで。

子供が立派に育ったのは、その子の適応能力、生きる力、そして、母の底力なめんなって!母親は命懸けで産んでんだから、死ぬ気で育て上げようとするわけで、そのためなら自分の自由なんか棄ててしまえる覚悟を知れと!

 

でも、そんなのおかしいよね、と。なんで専業主夫ではダメなのか?母親が働いちゃダメなのか?親が働くのセーブして子育て何が悪いのか?と、蓮舫も止めに入る勢いで問いかけたい!

 

そもそも高度経済成長という特異な状況にガラパゴス的適応進化した企業戦士なんて、これからの世の中絶滅するのが自然の摂理であって、専業主婦マジョリティ時代も終焉して当然だと思う。

念のため言うと、専業主婦を望む人を否定する意図は微塵もなく、それを是としてきたレガシーどもがその恥を知れと思ったまで。

 

で、長くなったけど、専業主婦はワンオペが暗黙の前提なわけで、「それでも子育てできるよ」とか、「私はやってきた」はもうやめませんかということを声を大にして伝えたいわけ。

そのためなら、多少タイトル微妙でも、この記事を全力で支持したいし、「奥さんにワンオペ子育てさせてるとか、ないわー」となることを願んでやまない。

 

ちなみに、イクメンではダメなの?ってこともあるかもだけど、もうその果たすべき役目は終わったのかなと。つまり、男性も育児をという、初歩的すぎる啓蒙には役立つし、役立ったけど、今はもう一周回って「おれはイクメンじゃない(じゃなかった)から」とか「○○さん家はイクメンで良いわね」の文脈でしか聞かなくなって、お役御免なのかと。

そして、そもそも同居してて育児しない夫は、生物学的には父親でも、その子にとっては足長おじさんと何が違うのかと、突き放してよ時期に差し掛かってると思うわけで。

 

終わりに

  • 熱くなりすぎ、暑苦しすぎた
  • タイトルで損しすぎ。もうホッテントリーメーカーとか使えば?
  • 来年の流行語大賞とって欲しいけど、受賞者なしの方向で

 

おしまい。